パイの嫌いなあの娘

あの娘について書く。
あの娘とは、あの娘である。
ジブリ作品「魔女の宅急便」に出てくるあの娘。 

キキではない。ウルスラでもない。
先輩魔女でもない。ファッションデザイナーでもない。

あの娘…いや、あいつ、そう!
パイの嫌いなこいつだ!

アニメーション好き、ジブリ作品好き、「魔女宅」好き、なんでもいいけど、繰り返し魔女宅を見ている人にならおなじみのこいつである。

キキが土砂降りの雨の降る中ずぶ濡れになって必死の思いで届けた「ニシンのパイ」。

100歩譲って別にいいよそのパイ嫌いでも!
「ニシンのパイ」なんて私にだって正直正体不明だもん!
だけど、自分と年の変わらないキキがずぶ濡れになって届けてくれたってのに、労いの言葉ひとつなく、

「(玄関先のキキを凝視し)…ずぶ濡れじゃない。」←ドン引き

「(中に向けて)おばあちゃんからまたニシンのパイが届いたのー」←うんざり

「(受け取りのサインしつつ)あたしこのパイ嫌いなのよね」←吐き捨て

そして、扉は無愛想に閉じられるのだ。

もう強烈。

こいつはキキに対してなんの悪意もないはずなのだが、当然ながらそこまで視聴者は「キキがんばれ」の一心で見てるので、こいつのこの言葉と態度に打ちのめされるのである。


そして、よくよく考えてみていただきたいのだが、この夜開かれているのはこいつの誕生日パーティーだけではない。
トンボの所属する「飛行クラブ」もまたパーティーを開いているのだ。

映画全編を見ればわかることだが、こいつとこいつの女友だちら、そしてトンボたち飛行クラブの面々はごく親しい、同じ街に住む仲間同士という感じで描写されている。
同じ夜に、仲間であるはずの飛行クラブもパーティーを開いているのに、こいつは…

「あたしの誕生日パーティーなのよ?なんでそれ以外のイベントと抱き合わせにしなくちゃいけないの?おかしくない?」

とでも言うのか、別途でパーティーを開催してるのである。

いいじゃん!一緒にやれば!どっちも目出度いんだし、普段仲良くしてるやつらみんなで集まっておめでとーって言い合えばいいじゃん!
まっことケチな女なのである。

そしてそして、さらに物語の比較的後半。
海辺でキキとトンボが話しているところに、仲間の車に乗って現れたこいつのコメントである。

「あの子知ってる。宅急便やってる子よ。」←助手席で

そうだよ!?よく覚えていたね??
あの夜おまえのうちにおまえの嫌いなニシンのパイを届けて差し上げました魔女のキキでございますがなにか!!!

キキの顔なんてまともに見もしない様子だったのに、しっかり仲間には知ったかぶりで、しかもなんていうんでしょうね?そのセリフ回しにはなにかこう…揶揄?みたいな感じ含まれてますよね?

「あんなみすぼらしい黒服で若いうちから働かなきゃいけないなんて、ほんと大変よね?なんていうか、かわいそう?みたいな?まぁ私には縁のない生活だけどね?w」

ををを…憎たらしいモノローグがこの耳にはっきりと聞こえてくるようだよををを…

とにかく強烈なのである。
こいつのセリフなんて、片手で数えられるくらいのものなのに、今や魔女宅を見る際には、こいつの出番が近づくと内臓がキリリとなるほどである。

最近では、魔女宅といえばこいつのことばかり思い浮かぶし、どうしたらこいつのような憎たらしいセリフ回しになるのか必死で練習してるし、なんだこれ?むしろ好きなんじゃ!?

恐ろしい…お、おおおお、恐ろしいいいい!!
敵ながら天晴ぇーい!

そう、これらすべて、宮崎駿監督の仕業なのである。
確かな人間描写力。
絵コンテと同時に紡がれる生きた会話。
そして、実在感のある絵の芝居。
こうしてささやかなキャラクターでさえ、目を凝らして見れば見るほど楽しい発見があり、心の底から憎らしく愛おしい。
監督が画面に用意してくれたことはすべて、作品をもっと好きになる大切なエッセンスなのだ。

ふう……

悔しいけど、今日もまた宮崎監督のギフトを確認してしまう日になってしまった。




ジブリ脇役考察(深読みという名のイチャモン)気が向いたらまたやります…!

KIMURA HARUKA

木村はるかが140文字をオーバーする時。

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