作家森悠による『幻獣』ノート

その時、外苑前すむぞうスタジオでなにが起きていたのか…

受付を済ませ1階で待機させられる観客たち。
時が来ると、選ばれた人間のみが「謎の液体」を飲まされ、全員揃って階上へと通される。
これが『幻獣』の開演。

粛々とした雰囲気で席に着く観客たち。
ベールで覆われた向こうには二つの人影が見える。
映像投影。
今から始まる物語の「前提」が語られる。

やがてベールが取り払われ、登場人物:姉妹のふたりが登場。
幕開けは、意味深な文言の詠唱と儀式めいた踊り。
それが済むと、姉妹は本を読み始める。

「私たち、いつか世界を読み終えるかしら?」
「それは、"終わり"を意味する。」

独特のテンポで語られるポエティックなやりとりがしばし続き、やがて姉妹は一冊の本を興味深げに読む。
それは「海の生物」について書かれた書物。
現実世界の観客たちにとっては耳馴染みのある魚の名前ばかりだが…どうやら姉妹はそれらを知らないようだ。

そう、彼女たちはずっとここに閉じ込められていて、外界については本を通してしか知る術がないのだ。
彼女たちは、本から得た情報を頼りに、世界を推理している。

ひとしきり会話が進んだところへ、闖入者の登場。

「すいませーーーんヤマネコの運輸ですーー」

この瞬間、ここまで構築されていた世界にヒビが入る。
配送業の男性の登場によって、観客と姉妹の間に惹かれていたはずの境界線は取り払われ、姉妹は大仰なごっこ遊びを繰り広げる痛々しい成人女性に成り果てる。

大切に作り上げた「世界観」を壊された姉妹(痛々しい成人女性)の怒りは激しく、配送業の男性に「罰」として、尋問を始める。

タコ、ウニ、カレイとヒラメの違い、そして、クラゲ……あるいは、サーフィン。

書物から得た知識を男性と答え合わせしていく姉妹。残念ながら姉妹の推理はことごとく外れているが、男性のおかげで姉妹は新しく正確な世界に触れることができ、姉妹の男性への気持ちは、いつしか怒りから感謝に変わっている。

ここを去る男性に、姉妹から「丁重な見送り」と「お礼の品」…
男性はこの場所を訪れたのとは違う扉の奥へと通され……しばしの間の後、男性の悲鳴が会場に響き渡る。

姉妹は「この世界」の主導権を取り戻し、客席との間に引かれていたはずの境界線をこれみよがしに踏み越え、観客に問いかける。

「本日お越しの方々の中からも数名、奥の間へご案内いたします…」

姉妹は、階下で事前に「謎の液体」を飲まされていた数名を次々と選び出し、彼らを扉の向こうへと運ぶ。
扉の向こうからは、次々と人間がなにかに襲われているかのような恐怖の叫びが聞こえる。

彼らは、ひとり残らず「獣のようななにか」に食べられてしまったのか?いや、あるいはそれは現世からの救い?

「やっとお腹がいっぱいだそうよ」
「ほんとうに手のかかる子…」

神聖な『幻獣』に襲われたらしき人間たちは、魂の姿になって、すむぞうスタジオのバックヤードツアーを終え、また元の席へ戻る。

そしてまた世界は閉じる。

姉妹は開演時と同じ空気感に戻り、再び彼女たちの物語世界に戻っていく…
が、そこにはほんの少しだけ変化もある。
彼女たちの世界を無理矢理にこじ開け、彼女たちに関わった配送業の男性が与えた知識は、彼女たちの世界を確実に更新しているのだ。

『幻獣』は、そんな物語でした。
なんの難しいところもない簡単なお話です。
森悠がよく書きそうな話です。

今回は、手の届く範囲のお気に入りアイテム(姉妹、本、ダークファンタジー、etc)を使って、演劇の構造をいろんな角度からみんなで眺めてみよう!という実験だったので、いわば私の書いた本は、その実験のための材料でした。

個人的に画期的だった点は「木村はるかがやってみたいことのために、森悠が働いた」ということ。
「木村はるかがやってみたいこと」と「森悠のすべき仕事」は必ずしも一致しません。これまではそれが普通でした。

でも、今回のハラムスカラムでは木村はるかと森悠は乖離せず存在していたような気がします。それは私にとって、意外なほど心穏やかな時間だったのです。

今回の、記念すべき初実験にご協力くださった被験者のみなさま。
実験計画に、共感・協力くださったキャスト・スタッフのみなさまに、心より感謝いたします。
ほんとうに、ありがとうございました!

KIMURA HARUKA

木村はるかが140文字をオーバーする時。

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