風の谷のナウシ歌舞伎

「風の谷のナウシカ」、新作歌舞伎として上演。


この知らせがSNSを通じ飛び込んできし折、とうぜん強く気を引かれども「実際に見に行く」ということはわらわの中で思いもよらぬことでございました。そんなある日友人よりもたらされし「チケットを取れるかもしれぬぞ」との知らせにより、

よもや、このわらわが、「風の谷のナウシ」歌舞伎を見るとはこれ如何に…!


と恐ろしいような気すらせし。
されども、考えれば考えるほどこのような機会は二度となく……

自分の大好きなアニメーション作品を歌舞伎作品として見られるなど生涯に一度きりのことぞ…!

と奮い立ち、チケットのお手配を所望した次第。

さて此度のナウシ歌舞伎、アニメーション作品として広く知られしストーリーのみにとどまらず、月刊アニメージュにて宮崎駿監督が長年連載しておられた原作漫画、コミックにして全7巻そのすべてを新作歌舞伎として上演するとのことで、さらに後日その情報がもたらされし時、わらわはにわかに目眩を禁じえず。
膨大な分量そのもの、ばかりか、実際の物量以上に広く深く広がる作品世界観を「劇」とするに…此度の新作歌舞伎「風の谷のナウシカ」は実に、

〈昼の部〉3時間
〈夜の部〉4時間超


『通し狂言』


の体をなし、観客を襲うとのこと。

チケットをご用意いただいたはいいものの、通し狂言という長時間にわたる観劇はわらわにとり史上初体験であるとともに、自らの魂の引き金ともいうべきアニメーション作品の歌舞伎化ということで、

それを目の当たりにしたその時いったいわらわはどうなってしまうのか…

どこか空恐ろしいような気持ちで、観劇当日を迎えたのでありました。


前口上の役者により昔言葉であらためて語られるその世界観と筋立て、そして和楽器の音色にて奏でられし鼓膜と情緒に深く刻まれたあのメインテーマが聞こえし幕開きより、わらわの涙腺は早くも崩壊し、ナウシ歌舞伎の世界に引き込まれ、終焉の時まで浮世に戻ってくることはありませんでした。

自らの思い入れ深き噺を歌舞伎にて魅せられることが、これほどまでに胸を揺さぶられしこととは…今作未見の同志方々におかれてはそうやすやすと想像すらできまい。

特に申し上げておきたくは、七之助さまの演じられるクシャナ殿下の居住まい・美しさ、高潔さである。その登場の度毎、なにか言葉を発せられる度毎いちいちに、まるで白金の粉をふりかけられたかのような眩さを感じ、わらわははからずも「あっ…っ!!」と声を発しそうになるのを堪えるに必死だったのでございます。

…わらわはこれまで、幾度となく アニメーション映画「風の谷のナウシカ」を見て参りました。近年ではその感動を今以上に摩耗させぬため、

「ほんとうにもうダメだと思った時以外、姫姉様への謁見は叶わぬ」

との掟を課し、もう35年も前に作られた動画にひたすら縋っていました。

それを此度の歌舞伎化において、初めて「劇」として目の当たりにしたことにより、なんとわらわは今ふたたび姫姉様たちに「初めて会う」ことが叶いもうしたのでございます。

斯様な尊きことがありましょうか…!(涙)(震)


知っているはずの作品でありながら、姫姉様たちは、今わらわの中で確かに再生せられ、物語・世界観・出来事・メッセージ、キャラクタたちのひとつひとつの言動や行動にいたっても、わらわは新しく感じ直すことができもうしました。そしてそれはあらためて、すべて切実で衝撃的で胸を掴まれるものでございました。

その体験は、大人になったわらわにとって、宮崎駿監督がナウシカの世界の隅から隅に描いた"わらわたちに伝えたきこと"をしかと受け取ることでもありました。

その厳しくも深い、熱きメッセージ。
黄昏ゆく世界における、人の憎悪と赦しのドラマに、とどのつまりが、あらためて宮崎駿監督の稀代の作家性を確信せし、今日のわらわなのです。

すでにチケットは完売しており、今からこのナウシ歌舞伎を目の当たりとすることはそう容易ではありますまいが、来る令和二年には、でぃれいらいぶびゅういんぐも支度があるとのこと。

風の谷の同士諸君におかれましては、ぜひとも映画館に足を運ばれて、わらわの身に起こりしこの「姫姉様再生」の出来事を目の当たりにしていただきたく、深く深くお願い申し上げ候…!

あな尊き!あな尊き!

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